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2026.3.9

飯田の桜はいつ咲くのでしょう?

代表の今牧です。

少しづつ春が近づいていますね。界隈では梅の花が咲き、桜が待ち遠しくなってきました。

飯田での開花予想は、3月21~25日位と発表されているようです。

「さくらの日」ってご存知でしょうか?さくらの日として記念日になっているのは、毎年「3月27日」です。この記念日は「日本さくらの会」によって、1992年に制定されました。日本さくらの会は、さくらを保護する活動や素晴らしさを普及させる活動などをおこなっている公益財団法人です。

さくらの日は、「3×9(さくら)=27」という語呂合わせから3月27日に制定されました。

予定通りなら、さくらの日に、飯田では桜が咲き始めているということになりますね。

桜は、日本列島に日本人の祖先が現れる前から自生していたといわれています。日本人の祖先の起源については、近年の研究によりさまざまなことが分かっていますが、一般的には、北海道から沖縄までの広い範囲で生活していた縄文人と、大陸から渡ってきた弥生人に由来していると考えられています。年代でいうと、およそ1万5千年から3千年前です。これ以前に桜があったということは、縄文人や弥生人も桜を見ていたことになります。

奈良時代になると、中国の文化が日本に伝わると同時に、梅も移入されます。中国にはもともと、梅の花を観賞して詩を詠むという宮廷文化がありました。この影響もあってか、『万葉集』には桜を愛でた歌が40首ほどあるのに対し、梅は100首以上もあります。当時の桜は、現代に多く見られるソメイヨシノではなく、山に咲くヤマザクラが主でした。万葉歌人をはじめ、日本人が梅をはじめ桜の美しさも楽しんでいたことがうかがえます。

平安時代になると、日本に自生している桜の花見が始まります。『日本後紀』には、812年に嵯峨天皇の命により花の宴が行われたと記され、記録に残る最初の桜の花見といわれています。鎌倉時代になると、京の上流文化を取り入れようと考えた武士たちにより、花見の文化は受け継がれていきました。桃山時代にも、大規模な花見が催されます。やがて花見は庶民にも広がり、江戸時代には行楽として親しまれ、現在に至ります。

自生する桜の花見の歴史は古いものの、現在のソメイヨシノが全国に広まったのは明治時代です。桜を見るために人が集まり、お弁当やお酒などを持ち寄るとういう風習は、花の宴の後に定着したと考えられており、他の国にはない日本独自の文化といわれています。

江戸時代の国学者・本居宣長は、次のような歌を詠んでいます。

「敷島の大和心(やまとごころ)を人とはば朝日に匂ふ山桜花」

大和心は、今では日本人の心と解されるようになりましたが、明治時代以降の国粋主義の時代には、漢学ではなく日本人独自の思考や行動と解釈されました。日清・日露戦争を経て、政府はより国民の士気を高めようとした時期でもあるため、当時の富国強兵や戦争との関わりが指摘されています。

この影響は、昭和初期以降の軍国主義の時代にも及びました。太平洋戦争時には、桜の潔く散りゆく様と、戦う兵士の命を重ねた軍歌『同期の桜』も作られています。歌詞には「同期の桜(中略)咲いた花なら 散るのは覚悟 みごと散りましょ 国のため」とあり、軍国主義との強い結び付きがうかがえます。桜は、日本文化の暗い一面も映し出しています。

桜の葉と花びらには、生物毒の一種であるクマリンという物質が含まれています。生物毒とは、動植物が身を守るために体内に作り出す毒のことです。ただし、毒を持つようになるのは、葉や花が木から離れて地面に落ちたときです。この毒により、桜の周辺には雑草が生えにくいと言います。

それでは、桜餅の葉や花の塩漬けなどを食べても問題ないのでしょうか。桜餅に使われている葉に毒はありますが、1、2枚なら害はありません。実はこの毒には、抗菌化作用が期待できること、塩漬けをすることで香りが楽しめることといった良い点もあります。

日本の桜の多くを占めるソメイヨシノに果実はつきますが、販売している食用のサクランボはなりません。日本で栽培されているサクランボの多くは、ヨーロッパから西アジア原産の桜、セイヨウミザクラという品種で、ソメイヨシノとは異なります。

山形県のサクランボ「佐藤錦」も、セイヨウミザクラに由来しています。セイヨウミザクラは、イタリアやドイツ、フランス、アメリカの一部の州などで栽培されています。鮮やかな赤色の「アメリカンチェリー」も、産地や見た目、味などが異なりますが、実は同じセイヨウミザクラ由来です。

桜は、適切な生育環境があれば、ほぼ半永久的に生き続けられる木です。ただし、長生きするためには、日当たりの良さ、水分の吸収や呼吸のしやすい土壌、病害虫の発生に対応して保護する必要があります。そして、日本最古・最大級の巨木は、推定樹齢2000年といわれる山梨県の「山高神代桜」です。

山高神代桜は、エドヒガンザクラであり、福島県「三春滝桜」、 岐阜県「淡墨桜」と並ぶ 日本三大桜の一つです。大正時代には国指定天然記念物第1号、平成2年には新日本名木百選にも選ばれています。「淡墨桜」もエドヒガンザクラであり、樹齢は「山高神代桜」に次ぐ1500年余りです。


桜は日本文化と強い結び付きを持ちながら、今日まで親しまれてきました。毎年春になれば、桜の開花情報が伝えられます。悲しい歴史もありましたが、人々がこうして桜を観賞してきたことはもちろん、日本人の精神性を重ねてきたことも、日本文化を語る上で大きな要素です。葉や花などを生活の中で利用してきた背景も含めて、桜は日本を象徴する花木になりました。環境を守りながら、これからも桜の文化を豊かに育んでいきましょう。

飯田は桜が多い地域です。

  • 美術博物館内の安富桜 樹齢450年以上の天然記念物で、長野県の名桜の一つです。
  • 麻績の里の舞台桜 半八重枝垂れの珍しい品種で、5~10枚の花びらを持ちます。 夜のライトアップがきれいです。
  • 杵原学校のシダレザクラ 飯田市山本にある旧山本中学校。映画のロケ地としても知られ、ライトアップが幻想的です。 

このほかにも、天竜峡、大宮通り、姫宮公園、阿智の駒つなぎの桜、など、いっぱいあります。